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YUNHO

THE CELEBRITY 8月号<ユノ・ユンホ チョン・ユンホになる日>翻訳

※翻訳内容その他の場所への持ち出し禁止です。リンクはフリーです^^

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THE CELEBRITY 8月号<ユノ・ユンホ チョン・ユンホになる日>

Q. 今日の撮影のコンセプトは3つです。チョン・ユンホの青春とアーティストとしてのユノ・ユンホ、東方神起のユノ・ユンホが持つ姿です。どの姿が一番気に入っていますか?見る限りでは青春の姿を撮っている時が一番積極的でしたが。あれこれ試してみようと先に提案したりもして。

A. そうです。さっき撮影の時、光を水槽に写して残像を作ったじゃないですか?僕はそういう感性が好きです。型にハマってないじゃないですか。つまりその残像が僕の青春の余韻じゃないですか。そんな風に意味を考えながら撮影をしたので、過ぎた時間を振り返っている感じがして、気分がよかったように思います。

Q. 東方神起のユノ・ユンホではなく、チョン・ユンホの内面が見たいです。軍隊に入隊する前に、チョン・ユンホの姿を人々に見せてあげたいんですよね。

A. お~、すごいな・・・怖いんですけど?w

Q. 怖がらなくても。チョン・ユンホの名前にはどんな意味がありますか?漢字の名前の意味です。

A. 国名’鄭’に、真実の’允’、広い’浩’。いつも大きく、もっと広く昇りつめろ。人に信頼を与え、人々を理解して解くという意味です。僕は長男なので、そんな意味が込められています。そこに27代嫡男です。晉州鄭氏・忠莊公派、27代嫡男なんです。小学生の時も生徒会長でした。副会長、生徒会役員もして。小さい頃から何をやっても常に前に立っていたんです。でも僕が好きな役割ではないです。

Q. でもリーダとしての仕事を繰り返したら自然と体に染みつきませんか?

A. チョン・ユンホは常に寂しかったです。(自分から)離れて考えてみたらチョン・ユンホは誰よりも純粋で幼いけど、寂しい子どもでした。そんな気持ちを他の人たちに表現する方法を知らないんです。むしろ自分の持つコンプレックスを、想像で解消しようとします。自分に1つの目的や仕事が与えられれば、力不足でも完璧にできるまで努力する方です。一方で、ユノ・ユンホは違います。いつも余裕があって、自らを最高だと思うんです。情熱は同じですけど、受け入れて解釈する方法が違います。

Q. どうやったら1人の人間にそんな2つの方式が存在することができるんですか?

A. 僕はそんな風に生きてきました。ステージの上に立つために、ユノ・ユンホとして生きています。ステージ上が僕のストレスを解消できる唯一の空間です。今までも誰にも言えなかったすべてを話すことができる場所です。だからステージの上に立つためや、ステージの上にいるときは、正反対の人間になっているみたいです。パッと変わってしまうと言えばいいかな・・・僕が感じるまま、すべてを発散するんです。たとえばダンス。決まった振付があって、細かいことは気にせず練習しますが、ステージの上に立つと、知らないうちに枠組みを突き破って出てくるんです。一方で、チョン・ユンホとしての僕は、かなり保守的で純粋な方です(笑)。

Q. 幼い頃デビューして時が経てば経つほど、チョン・ユンホとユノ・ユンホが分かれていったんですか?

A. そうではないです。デビュー序盤からたくさんの愛をもらったのは事実ですが、平坦ではなかったです。予想しなかった峠が何度かありました。そうやって生きていきながら、自我がぶつかる瞬間もありました。「俺が変わったのか?」そんな質問を絶えず繰り返すしかなかったんです。やっぱり一番気楽で軽い答えは、自分を「ありのまま」認めることでした。僕は歌手で、観客はステージに立つ僕に共鳴してくれます。僕はそれに答えます。そんな風に歌手と観客がひとつになって作っていく瞬間にハマって生きてきました。だけどチョン・ユンホの人生は別の問題でしょう。まだ幼いけど、いつか誰かの責任を負わなければいけなくて、家長にならなければいけません。人と社会を見つめる視線もないといけないし。眩しい幻想からの脱し方も知らないといけない。何よりもユノ・ユンホがいつか元に戻る休む場所が切実に欲しかった。一種のベースキャンプです。どうもこの職業はスポットライトを浴びる職業だから、知らずに酔ってしまうんですよね。そうするとすべてを失ってしまいます。

Q. 自分を守るための警戒心から始まったんですね。

A. 僕はユノ・ユンホも好きです。でもどれだけユノ・ユンホの姿が好きでも、僕は本来チョン・ユンホじゃないですか。それを忘れてしまったらダメじゃないですか。それなのにこの仕事をしていると、それを失うのは簡単です。僕はそんな風になってしまうのがすごく嫌なんです。

Q. 以前のインタビューを見ると、チョン・ユンホの内面は「高校卒業以来、そのまま止まっているみたいだ」と語ったことがありますね。

A. 言葉通りです。ユノ・ユンホという名前で人生の半分を生きてきて得たことも多く、チョン・ユンホとして育ててきたリーダーシップをもっと大きく発揮することができました。光州の田舎モノの僕がどうして海外のたくさんの国へ行くことができるでしょうか。おかげで知識も視野も広がり、キャリアも確実に積み重ねています。その間チョン・ユンホとしてはあまり成長していないみたいです。どんな姿かによって、性格も少しずつ変わるんだと思います。

Q. 撮影現場ではものすごく明るかったですが。

A. そうですね。さっきの撮影現場を見ればわかると思いますが、本当に活発です。だけど本当は違うんです。ひとりでいると、真面目で考え事が多いです。今後の計画と仕事の進め方を完璧に立てなければいけない性格です。一方で、誰よりも感情をありのままに受けいれることを重要視します。人は温かくなければいけないと思い、また正直すぎるところもあるでしょう。ユノ・ユンホとしてチョン・ユンホを見つめると、そんな姿が見えます。ユノ・ユンホとして生きていきながら、僕が少しずつ成長したんですよ。もちろん2人とも僕なんです。でも2人は常にぶつかります。簡単に例をあげると、芸能人のうち、同じ事務所で住民登録謄本を取る方法を知らない人もいます。いつもマネージャーが助けてくれるからです。僕はそうはならないようにします。日常的な部分を自分でするように努力します。とても些細なことかもしれませんが、ひとりで人生を生きていく方法もしっかり学ばないといけないと思うんです。

Q. うーん、とてもいろいろと悩んでるんですね。

A. 僕の年が20代から30代へ移る時期だからでしょうか?何よりも「一人の社会の構成員として生きていくために、わからなかったり未熟だったことを認めて、少しずつ埋めていくと、もっと素晴らしい人になれるだろう」という思いがあります。僕の20代をユノ・ユンホとして元気に過ごしてきたとすると、30代のスタートは軍入隊という、ファンにとってはユノ・ユンホの空白期間だと感じるかもしれませんが、僕にはチョン・ユンホにまた戻り、ひとりの人間として、成熟するきっかけになると思います。そうしてこそ、20代のユノ・ユンホと10代で止まっていたチョン・ユンホがお互いに出逢うんだと思います。しばらく将来について悩みました。実は中学の頃から。未来についての計画はすでに30歳まで組まれてたんですよ(笑)。

Q. だから家族の反対にも負けずにダンスを踊り、歌を歌ったんですね。10代のチョン・ユンホが望んだ20代の青春はどんな人生でしたか?

A. 僕は10代の時、本当にありえない夢を描いていました。検事になりたかったんですよ。正義感に溢れ、法曹人(法律を扱う者)として生きたかったんです。でも不本意ながらダンスと歌にハマり、またいろいろな峠を経験しました。でもその瞬間ごとに運といえばいいでしょうか?それが全部かみあってなくなりました。

Q. 過去のインタビューを見ると、結婚の話がたびたび見られます。デビュー初期には27歳になったら結婚するという爆弾発言もされましたよね。

A. 中学の時には23歳ですると言いました。デビュー後も27歳くらいにはしないといけないと思いましたが、年を取るにつれ考えが変わったんですよね。今は誰かの責任を負うことができる年になった時にしたいです。

Q. 誰の責任を負うことができる年は何歳ですか?

A. 年齢制限はないです。ただ責任感のある家長という理想をいつかは守りたいです。

Q. 結婚についてよく考えてらっしゃるんですね?

A. しなくはないです。心から愛する人に出逢いたいです。でも僕も相手もお互いに本気で愛していたとしても、タイミングが合わなければ会うことができないじゃないですか。だから誰が僕と結婚するかはわかりませんが、僕が相手に出逢うために祈るように、その人も僕と同じく祈ってくれたらいいと思います。今もです。そして僕の友だちたちが、僕たちが約束したいろんなことを忘れないことを願います。家族は同然です。ファンも同じです。分かり合ったら似ていくって言うじゃないですか。

Q. ソン・ホジュンさんや周りの友だちの面倒をみているのをみると、今も十分にひとりの女性の責任を負うことができると思いますが。

A. 僕は自分自身を信じられません。男と女はまた違うじゃないですか。僕は意外に感情的な人間なので、仲睦まじく2人だけのページを埋めていくのが好きなんですが、表現がうまくできません。それが恋人でも友だちでも大切に想えば想うほど、好きなら好きな分だけ、きちんと言葉にできません。ひとりでくよくよするタイプです。

Q. よくくよくよしてたんですか?

A. よくしてました。僕は人とたくさん付き合うタイプではありません。男とは活発で気が強い方です。スタッフには人間的に近づこうとします。付き合う人と状況によって接し方が違います。だから軍紀班長という声もあがったりしました。でも僕が愛する人だったら、まず理解しようと努力します。もちろん何も言わずにひとりで悩む時も多いです。性格的に整理して話さないといけません。でも仕事では悩むようなことはありません。確実にやらなければいけない。そんなとき「チョン・ユンホという子どもは半人前だな」とよく感じます。そして他の人がユノ・ユンホを褒めてくれる時「俺がそんなにしっかりしてるのか?」と疑問に思うこともあります。

Q. 青春や20代という言葉には初恋や別れ、情熱、稚気(子どもっぽい)などが浮かびますが、どれに一番近いと思いますか?

A. 20代ですか?20代は当然駆け抜けないと。僕は情熱的でした。いいことを経験しても悪いことを経験しても、僕が常に失くさない言葉があります。「一生懸命頑張ります」です。それはユノ・ユンホというよりチョン・ユンホとして常に話す言葉です。「できないならできないなりに、うまくやれるならそのまま、まずぶつかってみよう」「ぶつかったことにはしっかり責任を持とう」その責任感のおかげで、いろいろな仕事をしてきました。自己責任が持てる人間というイメージがついたからか、ますますたくさん仕事ができるようになりました。20代はただ1つのことを考えながら駆け抜けたと思います。「辛く大変なことは、30~40代に経験するより、20代で経験したほうがいい。早くぶつかれば、すべてのことを自ら判断する時期がきて、責任を負うべき人たちができた時、もっといい結果を必ず作れる」

Q. 急に気になったんですが、ユンホさんのお父さんと性格は似ていますか?

A. 父の性格はナイフみたいです。だけど情も厚いです。母は情が厚く純粋です。僕も少し・・・(笑)以前は父に似ていると思っていましたが、最近は母にも性格が似ていると思います。だいたい6対4くらい?

Q. 幼いころから厳しい教育を受けてきたことでしょう。

A. 祖父の影響をたくさん受けました。すごくむっつりしていましたが、ほかの人から評判のいい方でした。情も厚かったです。軍人でしたが、多くの人に尊敬されているという感じを受けました。僕が小さい頃から祖父の弟子がよく来ていたんですよ。僕に、いつも人のために尽くしながら生きなければいけない、温かい人でなければいけない、人を助けることができなければいけないと教えてくれました。

Q. おじいさんやお父さんといって思い浮かぶイメージはありますか?

A. 僕は祖父の「親指」です。僕はステージや授賞式で常に親指を立てます。祖父のためです。東方神起のデビュー直前に祖父が肺がんで亡くなりました。孫なので僕のことをすごく心配していました。いつも「いつ頃デビューするのか」と言って気にしていました。ありがたくも祖父の死に目に会えました。亡くなる前も父ではなく僕を呼んでいたそうなんですよ。明るく笑いながら、かっこよく親指を立てました。それが最期の姿でした。その時、3日間泣きました。

Q. 入隊前にひとりだけの時間を少し持ちましたか?

A. 何日か前に光州へいってきました。予定を終えて友だちと一緒に行きました。両親に会ってから、大きな悩み事があるたびに僕がいつも行く公園に寄りました。軍への入隊を目の前にしているからです。もう一度心を正さなければいけないと思って。

Q. もしかして最近「二等兵の手紙」や「入営列車の中で」を歌いましたか?

A. いいえ。入隊自体についての悩みはありません。ただ、もうすぐしたら僕がずっと立ってきたステージと10年以上一緒にやってきた人たちと本当にしばしの別れです。中学の時にソウルにきて、頑張ってオーディションも受けて、練習生の時も大変な思いをたくさんしました。そうして東方神起として過ごしてきた時間としばらく別れるための準備です。

Q. 軍隊は体と時間に耐えていくものなので、むしろよくなるかもしれません。

A. わかりません。あえて何か言ったりできません。その中でひとりだけの戦いがまたあったりするでしょう。とりあえず社会生活と断絶しているからです。社会でどんな仕事をしていても、髪を切って(軍へ)入ると、みな同じ人間だからです。かえって楽しみな部分もあります。軍隊では僕がこれまで出会うことができず、感じることのなかった感情を経験するだろうとドキドキします。そしてチョン・ユンホが本当に成長するきっかけになると思います。でもどんな風に変わるかわからない不安もあります。だから今この瞬間をもう少し楽しむだけで、行って戻ってきたら怪物になっていようって。

Q. 除隊後のユノ・ユンホを待つ読者にひとことお願いします。ファンがぜひ聞きたい言葉だと思うので。

A. 最後のコンサートで「いってきます」と言いながら「いってらっしゃい」というひとことをくださいと言いました。でも今はユノ・ユンホではなくチョン・ユンホとして言う言葉だと思います。正直平凡な子どもが皆さんのおかげで皆さんと一緒に夢をみて、見れるようになったことが本当に増えました。だから僕はも今また別の夢を見ようとしています。もっと充実した明るい姿で皆さんに感謝して報いることができる、より成長した姿になって戻ってこようと思います。だから皆さんも一緒に成長してくれたらいいですね。僕たちもまだ今は現在進行形の”ing”で、”end”じゃなければうれしいです。

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大雨が降る日だった。青臭い表現で言うとすれば、ユノ・ユンホの入隊を悲しんでいるファンの心のようだったというか。実際にはユノ・ユンホの顔は明るかった。ソウルや日本、およびアジア圏の都市、またソウルへと続くコンサートと、光州夏季ユニバーシアード大会の開会式のミュージカル公演、WebドラマでSBS PLUSで放送される『あなたを注文します』の撮影、『The Celebrity』の雑誌撮影、2日前の朝まで続いた東方神起スペシャルアルバムに収録されたソロ曲「Champagne」のプロモーションビデオの撮影まで。厳しい日程を強行してきた顔で見るのがつらかった。にも関わらず、楽屋では彼とスタッフの笑い声が絶えなかった。今回のソロ曲のミュージックビデオにカメオ出演した人たちがどうしてユノ・ユンホにとって特別なのかがわかった。

“「Champagne」のミュージックビデオに本物の地元の友だちとSMエンターテイメントの職員が出演しています。僕の軍入隊前に伝えたかった最後の思い出であり、プレゼントだったんです。今回ミュージックビデオは撮らないかもしれない作品だったんですが、無理をしてでも絶対撮りたかったんです。スタッフと昔からしていた約束を忘れてはいなかったんです。”

その約束はあるスタッフとすれ違いざまにした会話だった。一緒にミュージックビデオを撮れたらほんとにかっこいいというスタッフの言葉に”俺やるよ”と答えたのだ。彼はその短い時間のやりとりを長い間心の中に留めておいた。今回のミュージックビデオは、ユノ・ユンホが今まで感じたことと考えたアイディアも積極的に反映された。

“今までのミュージックビデオとは感じが全く違うと思います。ファンは「ユノ・ユンホがあんなものをどうして?」と言いながらびっくりすると思います。わざと芸能人の友だちは1人も呼びませんでした。入隊前のユノ・ユンホではなく、チョン・ユンホの姿を見せたかったんですよ。東方神起のユノ・ユンホでありながら、チョン・ユンホとしての初の作品ということです。”

コンサートですでに歌ったことがあるが、当時はミディアムテンポの曲で、今はよりスピーディーに編曲されて、少しギャグ要素も含まれた。今までのようにユノ・ユンホはいつでも前を見て走ってきた。

“東方神起のユノ・ユンホとして一番大変だったことは、僕たちの記録を破ることでした。まるで0.1秒の記録を縮めるために努力する100メートル走選手みたいに、僕たちも3分以内のすべてを見せるために、本当に長い時間たくさん汗を流してきたんです。だけどある人は”3分歌を歌うだけで、本人が望むすべてが手に入るんじゃないのか”と言われたこともありました。”

正直、短距離走の選手より、悪名高いコースを走るマラソンランナーに近かった。コンサートのリハーサルでも、ドラマや映画の撮影のためにセリフを練習するときも同じだった。

“僕に適当はないです。コンサートが僕にとっては10回の公演でも、たった1度のコンサートのために遠くから来るファンもいるからです。それを忘れないようにしています。”

そのせいだろうか。東方神起のコンサート会場は若い少年から年配の夫婦もたびたび見られる。男性のファンもすごく多い。こんな様子は彼の誠実さのおかげだ。

“歌も最初はうまいという評価はもらえなかったです。だからもっと一生懸命努力しました。演技も同じです。今はまだ力不足ですが、もっとよくなると信じています。”

ユノ・ユンホは自分が出会うたくさんの人に夢はなんだと尋ねると言った。その質問に答えるために悩む相手の眼差しに真実が込められていると思う。だから彼に夢を問う。彼の目は輝き、まだそこに込められない意味のある多くの言葉を打ち明ける。しかし彼の瞳より彼の手に注目する。デビュー初期にしてすらっとした手には長年の練習を経た傷がたくさんあった。そしてユノ・ユンホがこうして手を差し出し言った。

「元気にいってきます。」

原文出処 – 유애루비 바보천사님

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